#284 民宿小林で夏休み パラグアイ(3)

パラグアイ

こんにちは。にしきよです。
本日もよろしくお願いします。

今回の出来事です↓
1.民宿小林で夏休み

1.民宿小林で夏休み

おはようございます。朝はTKGと納豆キムチで始まります。
TKGなんて日本以来です。なつかしすぎて涙出そうです。

現在いるのはパラグアイのイグアス居住区。

大変居心地が良いと南米旅行者の間で評判の民宿小林でお世話になっております。

すごいこと言っていいですか?

ここ数日マジでな~~んにもしておりましぇ~~ん\(^∀^)/

民宿小林は数々の旅人が長期滞在し、そのあまりの居心地の良さから「大人の夏休み」と言われているようです。

例に漏れずわたくしも半沈没状態でニートみたいなことになってます。
みたいというか普通にニートですけど

やってたことと言えばイッヌと戯れたり、

ハンモックでゆらゆらしたり、

その辺散歩したり(何もない)、

卓球したり、

洗濯したりとか。

そういえばワンちゃんだけでなくネコもいました。
人懐っこいワンコに比べてネコちゃんたちは人間にまるで興味ゼロで自由にしてました。

こんな感じで特に何をするでもなく夕食までのんびりと過ごします。

夕食は宿のお母さんお手製の御馳走。
民宿小林の最大の魅力はここと言っても過言ではないでしょう。

お蕎麦&手巻き寿司だったり、

大好評のすき焼きだったり。

いずれも日本で食べる味と遜色ありません。
むしろ日本で食べる料理より美味しいです。
民宿小林の料理は本当にレベルが高いです。

夕食後は他の宿泊客とお話したり屋上から綺麗な星空を見上げたり。
そんなことをしながらただただゆったりと田舎の日々を楽しんだ1週間でした。

とは言ってもずっと室内に引きこもってたわけではありません。

たまに10kmほど離れたイグアス日本人居住区に行ってみたりもしました。
ここイグアス日本人居住区には現在およそ900人、率にして7%ほどの日系人が住んでいるようです。

居住区内のスーパーマーケットに寄ってみました。
店員さんもお客さんも日本人っぽい顔立ちでなんだか不思議な感じです。

日本の食材もずらり。

ちと高いですが。
袋ラーメン1つ2万グアラニー(約410円)・・・

ふりかけが720円・・・(´Д`)
欲しいですがさすがに買えませんね。

パスタの元1,100円ww(゚∀。)

高いですがわざわざ日本から運んできたわけで選択肢にあるということに感謝ですね。

イグアス日本匠センター。
明治時代以降、パラグアイにやって来た日本人移民に関する資料館です。
イグアス居住区にある日本人宿として民宿小林と双璧を成すペンション園田のオーナーが館長を務めておられます。

園田さんから移住の歴史や当時の状況などについて説明していただきました。

南米への移住の歴史をかなり簡単に説明すると、
明治期の日本は食糧難のため海外に人口を移すことを計画しており、同時期にブラジルでは奴隷制を禁止したことによる労働力不足が起きていました。

日本とブラジルの思惑が一致したことから日本人の南米への移住が開始。

こちらの年表によると中南米への移住が増加したのが1908年(明治38年)のことのようですね。

その後第二次世界大戦の際には渡航が停止されましたが終戦後に移住を再開、1961年(昭和36年)に移住人口の最盛期を迎えるらしいです。

ところがその後日本の経済が非常に好調となり南米に行く移民は激減、近年では逆にブラジルから日本に出稼ぎに出る日系人も多いらしいです。

以上、本当に大雑把な南米日本人移民の歴史でした。
園田さんから聞いて理解できたことを自分なりに要約しただけなので間違いがあったらごめんなさい。

当時南米は夢の移住先としてもてはやされており、移民たちも希望に胸を膨らませて渡航したようですが、現実は甘いものではなく開拓生活はかなり厳しいものだったそうです。

厳しい現実を前に帰国した人たちも多かったようですが中には開拓を成功させた方たちもおり、そういった方々による日系コミュニティの一つがパラグアイのイグアス居住地です。(パラグアイやブラジルにはこういった日系コミュニティがいくつかあり、日系人の総数は200万人ほどと推測されています)

開拓時代に使われていた工具、写真などが保管されています。
一面ジャングルだった土地をこれらの工具で開拓していったのですね。

木を切り倒し、草を刈り、土を耕し、水路を整え・・・ちょっと想像しただけで途方もない行程であることは容易に想像がつきます。
遠い異国の地で開拓に励んだ先人の方々には本当に頭が下がります。

おぉ!皇族の方々がはるばる来ていたとは驚き。

2016年、眞子さまもこちらに。

以上、イグアス日本匠センターでした。
園田さん、ありがとうございました!勉強になりました!

引続きイグアス居住区ぶらぶら。

立派な鳥居がありました。
ちなみにこちら、神社ではなく公園です。

拓恩寺というお寺もありました。

ブラジル出身で日本でも修行していた住職さんが切り盛りしています。

夢いっぱい 元気にはばたけ イグアスの子

日本人移住者が経営するラーメン屋さん。

日本と遜色ないラーメンがいただけました。
中サイズで3.5万グアラニー(約720円)

居住区での日本祭りにも参加。

お客さんはパラグアイの人たちが多いですが、出店側の人たちの多くは日系人。
もちろん日本語ペラペラ。パラグアイで日本語で接客されるなんてなんだかおもしろい体験です。

おむすびとチキン南蛮をいただきました。
パッションフルーツジュースも合わせて5.5万グアラニー(約1,130円)

こんな感じでたまに出かけたりしましたがほとんどの時間は民宿小林でゆるゆると過ごした1週間でした。

最高の夏休みをありがとうございました!
お母さんいつまでもお元気で!

次回は次の国に移動していきます。
ぼくの世界一周もいよいよラスト一ヶ国を残すのみとなりました。
最後まで気を付けて旅します。

2024年4月3~8日 パラグアイ・イグアス日本人居住区にて

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